2008年11月28日金曜日

純喫茶 谷村新司

谷村新司のラジオで純喫茶谷村新司というのを文化放送
やっている。仕事柄ときどき聞けるのだが今日おもしろ
いこと言っていた、

コレを聞いているといやー全く知識の広さにびっくりしてし
うのだが、それ以上に知りたいという貪欲さってのが
すごい前にも書いたかもしれないが谷村新司に限らずさ
だまさしこうせつ、武田鉄也、などなど実に話がうまい、
まあ歌以外には話すのが商売ってのもあるかもしれない
がこの人達の知りたいという貪欲さにはやっぱちがうん
だなーって思っってしまう。

ってんで今日はちょっと音楽ねた、投稿はアナログテレ
ビと地デジテレビを一緒に見てると地デジのほうがちょ
っと遅れて(0.3~0.5m/sくらいか?)て見れる。ドラマ
などはダブっって見にくいが谷村新司が歌っていたのを
聞いていたら エコーがかかったようでつつまれるように
なってとってもよかったという投稿だった。いわゆるディ
レイがかかってるんだ。

話はこれから発展してアナログとデジタルの違いにつ
いてとなる。アナログは波形が曲線、デジタルは階段
になる。それはレコードとCDの違いになる。これはデ
ジタルがクリアー&シャープ、だがずーっと聞いている
と疲れる。

アナログはそこまではっきりしないが包み込まれる雰
囲気がありそれが心を和ませる。従ってアナログファン
がじょじょに増えつつあると、まあこの辺りはちまたで
もよく言われることだが

そのことは高域が強いとクリアーで鮮明だが対して
キツイ疲れる、になる。高域が弱いとぼやけるのだが
きつくなく包まれる雰囲気があり疲れにくい、そしてそ
れは今の若者の音楽の聴き方に問題があると、

ってのは最近の音楽の聴き方が携帯プレーヤーで
インナーイアー型のヘッドホン、コレが良くないと、
インナーイアー型 ってのはほぼ直接的にほとんど
空気を返すことなく脳に響くということこれって非常
によくないと、

本来音は空気を返して耳に到達する、音は直接やっ
てくるのではなく空気を通して耳に到達して始めて音
になると、直接 聞いているとちょうど高域のきつい部
分ばっかり強調されてこれをずーっと続けていると本
来の感性がなくされていくというのである。

例として電車とかで聞いている本人は気づかないが
漏れている音は回りにはシャカシャカと高域ばかりが
強調されて実に不快である。ヘッドホンでもインナー
型より密閉型のほうがいいと言っていた。

かく言う私もこのことは賛成だなー、しかーし実情か
らしてスピーカーで聞くことがなかなか難しい、がい
まんとこインナー型は使ってなくて密閉型のヘッドホ
ンを使っている。

レコードってのはいいなー、しかーしこちらもさすがにあ
のレコードの煩雑さ(指紋がつかないようそーっと出し
てクリー ナーて丁寧に吹き上げじわーっと針を下ろす
という一連の動作)まるで高価な宝石でも扱うがごとき
動作をやっていたもんだ、せっかちな俺はそうなるとど
うしても手軽な方に走ってしまう。でも最大の問題はプ
レーヤーが厳しいのと針は変えたもののなんか調整が
いけないらしくやたらノイズ 歪みが多くなってしまってる
自分のシステムに問題があるのだろうけれども、

こうして振り返ると音楽を聴くってのはすっごく神聖な
儀式みたいだったなー、デジタルで聞くのはいいけれ
どやっぱ心はアナログでいたいと思った今日だった。

2008年11月15日土曜日

青がえる走ってる

熊本に熊本電気鉄道というのがある。かつては熊本から
池まで走っていたが今は半分になってしまった。
上熊本から北熊本の区間でふるーい電車が走ってる。
1954年に東急で走っていたものだそうで、ということは
54歳ということか、

ネットで検索するとなかなか有名な車両らしく結構登場
する。”青がえる”というニックネームだそうだ。一度色が
替えられたが元の緑に塗り戻されたそうだ。つり革はい
まだに東急のラベル、撮影したときも鉄ちゃんが二人ほ
どパシャパシャやっていた。ネットで検索したらプラモデ
ルまであった、びっくりした。


紅葉が見ごろのこの頃だ、九州でも朝はかなり気温が
落ちてきた。ってんでちょいと紅葉のPhotoなども…
これは久々一眼レフを使ったがやっぱ一眼レフかなー



2008年11月8日土曜日

NHKねたをいくつか

NHKねたをいくつか

1、かぐや姫の原点

昨日NHKで武田鉄也がホストで伊勢正三のふるさと大分県津久見
をたずねる番組があった。伊勢正三、大分県津久見市生まれ
旧家は前がすぐ海、子供の頃は防波堤で一日釣り三昧だったそう
だ。

中学は美術部、絵がうまかったそうだ、高校は大分市の進学校、
大分舞鶴高校、ここで運命の南こうせつと出会う。こうせつは当時
からすっごく歌がうまかったそうだ。

一年浪人、先に上京していたこうせつから東京にこないかの再三
の誘い、そして上京、このとき親に進学を諦めて音楽の道に進むと
いう説得の手紙を書いたそうでこれがまだ残ってて紹介していたの
だがいやー18歳とは思えん流暢な文面であった。さすがにこの世界
で成功した人は違うな、

なごり雪は津久見駅、海岸通り、海風、は津久見港の防波堤がバ
ックにあると最後に言っていた、、海風はロスで録音したのだがそ
のときも背景は津久見港の防波堤が浮かんでいたそうだ。

びっくりは武田鉄也のホスト役である。前もホスト役でコロッケが熊
本を旅するのを見たことがあるが、これくらいの人であるにもかか
わらずホスト役として常に下手に立って主人公を盛り上げるっての
はなかなか出来ない。

このフォーク界というかここで成功した人ってやたら話がうまい。
武田鉄也、谷村新司、さだまさし、なぎら健壱、南こうせつ等々やた
ら饒舌なのだよな、それにそれだけ言えるだけの知識とか吸収力と
いうか貪欲なんだなー、

おっとちょっと話がずれた、

2、篤姫

もう一つ、今年人気の篤姫である。
宮崎あおい主演の大河ドラマだが注目は 幕末と言うと男が主役と
ばかり今まで出ていたのだが 篤姫という女性の立場から幕末維新
を語ったと言うことでは画期的である。とりわけ鳥羽伏見の戦いから
いよいよ江戸城総攻撃に迫ってきたとき勝海舟と西郷隆盛の話し合
いによる無血開城は有名だがその裏で篤姫が西郷隆盛に送った
手紙は新事実である。この手紙は最近公開された。
もし江戸城総攻撃となっていたら当時の日本は大混乱はまぬがれ
なかったろうし、清の二の前になりかねなかっただろう。

それにしても宮崎あおいの演技力は光るなー、ノンフィクションでは
あるが一女性が動かした幕末維新の新しい検証を公にした業績は
おおきい。

2008年10月20日月曜日

ネオ一眼って凄い

松下電器のFZ-18というネオ一眼レフを買った。
というのもFZ-28という後継機が出たため在庫
処分やってて安く出てたんで一週間ほど気になっ
てたが購入することにした。

ニコンのデジ一眼レフを持っているのだが一眼レ
フってのは交換レンズに凝ってこそ真価を発揮す
るのであっていわゆるレンズキットなる標準ズー
ムと望遠ズームの二本立てってのが売られてい
るがこれだけではなかなか一眼レフの面白さ
限られてくるかなーと思ってた、単に腕がないだ
けなのだろうけども、カメラ屋で展示の大口径レ
ンズなどのボケを見たらやっぱ全然違う、

でもこの明るいレンズってのはやたら高い、もう
一台一眼レフが買えてしまう。又一眼レフを持っ
ていくには最低カメラバ ックを持っていくことにな
り少々かさばることになる。そんな折前から気に
なっていたネオ一眼レフというジャンル特にこの
FZシリーズは前から高倍率で有名だったしそれに
最近搭載されるようになった手ぶれ防止機能って
のも気になってたしというときにモデルチェンジ、
かなり安くなってる早速ネットで口コミなどをチェッ
ク、なかんかいい感じなんで思い切って購入、
実は展示品処分ということもあり一週間待ったら
なんと売れていた、ここは某有名チェーンカメラ
屋ということもあり店員に聞いてみたら他の店舗
でなんとか一台あるというので少々遠かったがそ
こまで出かけて購入

とまあ購入に時間が掛かったが写してみると
いやーなかなかのもんだ、28ミリ~500mm
まで一気にズームが出来る。しかもコンパクト
バックのなかに忍ばせることもOKだし、凄い
のはその機能性、デジ一眼以上である。

オートブラケットは使えるしRAWでも写せる
ズームでは使用できないが動画もOKである
機能が多すぎてまだわからない部分も多い

手ぶれ防止機能はまああると便利かなとい
う感じだが微妙なブレは伸ばしたとき目立つ
からなかなか便利な機能だ、それにやっぱり
28mmから一気に500mmまで出来るズー
ムは凄い、まあ望遠にすると手ぶれがつい
ているとはいえちょっと暗くなると厳しいが
手持ちで500mmが取れるのは実に便利

さて肝心の描写のほうだがこれもなかなか
である。700万画素と最近のデジカメには
ちょっと画素数が低いが、自分の写し方で
は500万画素もあれば〇なのでその点も
OK、ただ問題はネットの書き込みにもあっ
たが感度を上げると一気にノイズが目立つ
この辺りはデジ一眼レフと大きな差が出る
ところ、ニコンのと比べたがここんところは
さすがにデジ一眼レフである。

まあデジ一眼レフを使いこなしてないって
のが正直なところなんだがこの世界も去年
の機種がもうふるーい過去の機種になって
しまう世界でそういやパナソニックは早くも
新規格の交換レンズ仕様の試作機を出したし
FZ-18もあと半年もすればこんなの あったの
という世界だろう。

さてナに撮る?この場にこんなの撮れた
よって公開できるのが撮れたらいいんだ
けれど…

2008年10月10日金曜日

高田渡的

You Tubeで坂崎幸之助が高田渡と旅しながらインタビュー
やら突然ライブやらの一時間番組らしいが(BSフジかなんか
)を見た。

高田渡という人70年9月16日小室等コンサートという古いレコ
ードを持っているのだがこれのゲストで高田渡が出演している。
ごあいさつ、三条へいかなくちゃ、年輪歯車の三曲を歌ってる、

このときから知っているんだが面白い歌歌うなー程度であった。

十数年前だがNHKのフォークの特集で高田渡が出ていた。
4,5人出てたかなー、こうせつとかずーっと話してるんだが
高田渡も出てていたのだが端でうずくまった感じでなにも
話さない、存在感薄いなーくらいの感じで見た記憶がある。

次に見たというか朝のテレビで偶然だが若い女の子が「三条
へいかなくっちゃ…」と歌ってるではないか、びっくり、こんなに
古い曲をなーってな感じで、でここではコレで終わる。

そして今回のYou Tubeでの再開、高田渡は2年前に亡くなっ
ってもう故人である。坂崎幸之助って人凄い人とにかくフォーク
の生き字引である。このインタビューやらライブやら見ていたら
こりゃすげー人だったんだなーとそして坂崎幸之助がやっぱ
うまいんだなー、うまく高田渡を引き出している。

最近立ち読みでなんの雑誌が忘れたがやっぱり高田渡特集
ってのが組んであって存在感薄いどころかいわゆるフォーク
界では重鎮中の重鎮だったのである。

最初の曲、自衛隊へはいろう はなんと高校のとき作ったのだ
そうだ、コレはと思いメジャーデビューのレコードごあいさつを
さっそく借りてきた。半分くらいは他の人の詩に曲をつけたもの
あのごあいさつという歌、谷川俊太郎なんだなー

一見飲んだくれの酔っ払い親父、最後まで安いアパート住まい
56歳で亡くなってるんだがやっぱ飲みすぎかなー

飄々としていていわゆる吟遊詩人って感じかなー、社会風刺
皮肉たっぷりであるが攻撃的ではない、

前からこの人のギターのリズムがすっごい正確なんでいったい
?と思ってたらやっぱミシシッピジョンハートなんぞコピーしまく
っていたそうだ。やっぱりなーあの正確なオルタネイトベースは
そんなに日本にはいないぞ、謎が解けた、

もう故人であるのが残念だが息子の漣氏はスライドミュージシャ
ンでかなりのもん、そういやポッカコーヒーのCM出てたナー

こういう人って多分財とか欲とかってどうでもいいんだろうなー
だけどコレってやつには絶対譲らない部分ってのがあるんだ
ろうなー、もう一度ごあいさつ聞いてみよう。

2008年10月8日水曜日

腱鞘炎になってしまった

最近ご無沙汰だったのだが体調不良が続いたため
である。もうこの歳になるといろいろと厳しくなるのだ
今年は特に よくなくて元旦早々尿管結石からこれ
がなんとか落ち着い たと思ったら関節系の不調

数年前から膝痛、肩痛、腰痛と関節系の病気を抱え
ている んだが今年はかなり悪化、5月くらいからか
右手の人差し指 に違和感、6月になると痛みが出る。
そのうち酷くなって、遂には人差し指が曲がらなくな
る。整形外科に行ってみると 腱鞘炎と診断、腱鞘炎
ってのはいわゆる使いすぎ、

はて?人差し指なにしたん?特に酷使した記憶が
無い、 ギターは弾くがそれほど弾いてるわけで無し、
唯一考えられ るとしたらDTMの打ち込みの際ピアノ
ロールの打ち込みがまあ結構気を使いながらの打
ち込みになるんで神経を集中しないといかんかなー
ということ、だが腱鞘炎になるほどやってるわけでな
し、原因不明

それにしてもこのままではと整形外科がよいが始ま
った。者いわく、「腱鞘炎ってなかなか治らないん
だよねー、まずは湿布と飲み薬で様子を見ましょう。
だめなら注射打ちます。けれど結局手術になること
がおおいんだよねー」えーちょっとやばいなー

ネットで腱鞘炎を調べてみるととある女性漫画家が
腱鞘炎の詳細な記事を載せている。うーん、コレを
見ると腱鞘炎ってのはなかなかやっかいなようだ、
手術になってしまうのが多いというのも本当らしい、
しかしこの女性漫画家の腱鞘炎日記というか本当
に凄くて大変参考になった。

ということで6月から8月とまずは湿布と飲み薬を続
ける。湿布はモーラステープという外科に行くとたい
がいくれる定番湿布薬、初めて一週間くらいでちょっ
と痛みが取れる、がすぐ痛くなる。それどころかまだ
酷くなってとにかく人差し指が痛くて曲げられない。
そして四六時中ずーんと重い痛みが続く。

最初の頃はちょっと湿布とか飲み薬とかさぼってた
ら、医者から続けンと駄目だと言われ毎日貼る様に
するがあまり効果がない。とにかく人差し指なんで一
番使う指である。一番がっくり来たのがギターが弾け
ないこと、痛くなって一ヶ月位かギターは一時無理か
なーと弦を緩めケースに入ったまま、

起きたときが良くない、むくんでいるせいである。
寝るとき明日の朝はどうだろうと心配しながらの日々、
人差し指なので文字を書くのも痛い、人差し指を伸ば
して書くとバランスが取れない、しかし痛いからしょう
がない、箸もやっとという感じ、当然マウスもよくなく
て友人から使ってないからコレ使ったらとトラックボール
を貰った。がずーっと痛い状態なのでマウスなど握る
気にもなれない。

一番酷いときは腱鞘炎の典型的症状であるばね
指になる。曲げて戻すと自分の意思に反してばね
のように指がもどる症状だ。

それでも最初のうちは動かさないと骨折した後リハ
ビリみたいに動かない状態になるのを昔経験して
いたので痛いが無理に動かしたりマッサージしたり
していたのだがこれも医者に聞くととにかく動かす
な、できれば添え木みたいにしたほうがいいと言わ
れる

さすがに添え木はしなかったがその後動かさない
ようにする。そして8月も下旬くらいか、動かさない
ので当然人差し指が動かなくなる。全く動かなくな
っても困るので左手で動かしてやるってのを始める。
と9月には入ってからか日によっては調子のいい
日も出てくる。これはもしや?

と思っていたら8月の終わり人差し指の表側に
湿疹が出来てきた。一気に広がって痒い、皮膚科
に行くと案の定、モーラステープの副作用だ。モー
ラステープという定番湿布薬、薬の化学反応で
紫外線に当たるとかぶれるそうだ。仕事柄外で
仕事してるので 夏の強い紫外線にはさらされっぱ
なし、よく見るとモーラステープ の注意書きに書い
てある。全く読んでなかった。

痛いし痒いしさんざんだったがかぶれのほうは
10日もするとかなり治ってきた。外科にはこれを
言うと出る人と出ない人がいると言う モーラステ
ープから別の湿布薬に変えてもらう。

で9月も中旬になるとちょっといいようだ。前に比
べると痛みもかなり収まってきた、がその日の朝
で決まるって感じで朝痛い時はずーと痛い。がそ
の頻度がちょっと減って来た。

ということで10月に入ってかなり痛みも減ってきた
し曲がるようにも なって来た。

そしてやっとこうしてブログを打てるくらいになって
きた。最近ギターも本当に久々にケースから出して
弦を張り替えて弾いてみる。うーんやっぱ弾いてな
かった分弾けない、これからがんばって弾かんととお
もうがまだ完全でない。ピックはなんとかだがアルペ
ジオとかはちょっとさすがに難しい。がんばってという
よりぼちぼちいくかというところである。

一時期はギターはもう弾けないんだろうかと悲観し
ていたがなんとか復活できそうな気配だ。だいぶ
治ったとはいえまだ痛いし、一度こうなるとどうして
も人差し指をかばう癖がついてしまう。前に比べると
かなり握力が落ちた、

原因は何なのかよくわからない、又悪化する可能
性もある。それに膝肩痛は相変わらずでこちらは
腱鞘炎ほどではないが悪化の一途である、あっち
こっち駄目ってことは体全体に根本的になんか原
因があるんだろうなーとは思うのだが、歳だから
なーいろいろ出てきてもしょうがないんだろうけれど、

2008年8月17日日曜日

マイレコーディングの歴史?

久しぶりのブログ、ここんとこ体調不良でいかんともしがたい。

そんな中押入れを整理していたら懐かしいのがずらずらど出てきたので
アップしてみた。というのはSound&Recording Magazineという雑誌
の山、創刊は昭和57年、Photoは創刊2号、喜多郎のインタビューが
載っている。

今でも続いているこの雑誌、最近ちょっと又読むようになったがずいぶん
分厚くなってる。この雑誌は呼んで字のごとく音楽のレコーディングにつ
いてを書いてあるんだがなかなかプロフェッショナルな部分も多くちょと
ちょいアマには難しい内容だけどこれが今でも続いてるって事はそれだ
けアマもレコーディングのレベルが上がってしかも広がっているんだろう
なー

その証拠にリサイクルショップの例の○○オフに行くとジャンクに結構4
trのカセットレコーダーが並んでいる。この田舎にこんだけ出てるって
ことはそれなりにこの4trMTRってのは一世を風靡したんだなー

ってんで自分のレコーディングの変遷ってのをちょっと書いてみた。
次のPhotoはロクハンという単発の雑誌なんだがこれが又残って
いた。表紙をめくると大滝詠一のスタジオが載っている。

これを買った頃はたしかまだラジカセしか持たずプロはこうして
やってるのかなーとかあと次のPhotoのSONYのポータブル
ステレオカセットデッキのデンスケが売れてた頃、友達が持って
ていやーかっこえー、と憧れたもんだ。

やっとSONYのカセットデッキを買ってステレオ録音ってのを体験
今までのラジカセとは段ちの音質にびっくりしたものだ。当時は
レンタルはレコードでよく借りてきて録音したものだ。

友人とはカセットテープの種類でクロムはノイズが少ないだのいや
メタルテープってのが出たぞだの談義したものだった。

マイレコーディングといえば友人が二人だけのLIVEをやろうと言い
これが本格的レコーディング?への試行錯誤に突入なのである。

このレコーディング、まあお遊びといえばお遊びなんだがこれが
やってみるとなかなか面白く、友人がエコー(小さいスプリング
リバーブ内臓)のコンデンサーマイクを持っていてこれが面白い

その後ミキサーの存在を知る。それまでステレオ録音ってマイク
2本でLR立ててその雰囲気を録るってのしか知らなかったので
ミキサーってのが欲しくなったがいやーこの頃はアマといえばソニー
くらいでしかも高い、

当然無理と思っていたら次のPhotoのエフェクター自作&操作術
なる本を発見、ミキサーの仕組みやらあとリバーブの自作の記事
などもある。ちょっとしたラジオとか組み立てたりしていたこともあり
この本には夢中になってしまった。ただなかなか難しくてうまく完成
させたのはほとんど無い。

それでも次のPhotoのエフェクター入門という本のなかにあった
トレブスター(今で言うバッファーアンプ)とコンプレッサーは健在
でこの二つは持っていたストラトキャスタータイプのエレキに通す
と高域がカチッと決まってテレキャスターを引いてる気分、これに
コンプを通すとぐーっとマイルドになって今でもこの音はお気に入
りなのである。

あと凝ってしまったのがミキサーとリバーブ、ミキサーは加算回路
も知らず繋げばいいだろうなんてやってみたら真ん中が決まらない
なんのことはない抵抗を入れてないのだ、その後エスカレートして
RC4558Dというオペアンプを使った回路とかいろいろやったが
結局マイクアンプだけは駄目で市販のユニエル電子なるところの
マイクアンプユニットを使った、マイクアンプで問題だったのが
ゲインを稼ぐとどうしてもノイズが気になって仕方が無い。

当時ヤマハの4Chのミキサーを買った友人がいたので借りたが
マイクは同じ結果、やっぱ4558を使っていたようだ。当時これは
かなり評判のオペアンプだったのだが、ユニエル電子のユニット
はそれほど高域が伸びないがまとまりのいい音でノイズも少な
かった。日立のオペアンプだったらしい。

同じくリバーブにも凝ってしまい、ジャンクのスプリングリバーブ
を使って自作、こちらも同じく友人がローランドのスプリングリバ
ーブを買ったのだが借りて使ってみるとどうもスプリング特有の
ボアーンというスプリングくささが気になって使えん。

どうしたらと試行錯誤の結果例のエフェクター操作術でローカッ
トフィルターの回路がありこれをつかうと低域のぼわーんが解消
これプラスまたまたユニエル電子のユニットでBBDディレイ、これ
が又なかなか400m/sくらいだったかな、

その後プリディレイなるスタジオご用達のテクを知りおーこれじゃ
これじゃと使いまくった思い出がある。というわけで後はミキサー
アナログディレイ、スプリングリバーブ&カセットデッキ二台で
ピンポン、というシステムが完成した。

この頃4chMTRが出てきた。TASCAMの144ってのが有名だ
った。フォステクスも参戦して面白くなった。これまた友人がアカ
イの4trを買ったのでマタマタ借りた(市販品は借りてばっか)
やってみたらあんまり音質が良くない。結局カセットデッキ2台
でピンポン、高域をイコライジングしてやれば結構これで重ねて
も聞けたんだよなー

本と当時はこのあたりに熱中していた。寝る暇もおしんでって
感じだったなー、サウンド&レコーディングは創刊から2年間
くらいはよく読んでいたが後は惰性で買ってて出てきたのは
1990年まで買っていたがほとんど読んでない。ぱらぱらと
めくると創刊は4trMTR特集、最後のほうはデジタル録音が
プロは浸透し始めた頃で、あったようだ、時代はCDになり
それでもまだ4trMTRの広告があったりしてこの4tr時代って
随分長かったんだなーと思った次第。

今やデジタル全盛期、当時ではプロの設備が整ったところ
以上にクリアーにレコーディングが出来る。しかし当時一生
懸命コピーして手弾きでやった喜多郎の曲を数年前再度
やったのだが友人いわく、前のがいい、うーんMUSICは
どんなに進歩してもやっぱハートかなー?