2010年11月14日日曜日

SPACE BATTLESHIP ヤマト

宇宙戦艦ヤマトの実写版 が12月1日公開される。古代進役はキムタクで森雪役は黒木メイサなんだそうだ。とりたてて気になるほどでもないのだがローカルラジオ局でちょっと盛り上がっていたのでちょっと。

宇宙戦艦ヤマトがTVで始まったのが中学の頃、最初知らなくてちょうど塾に通っていたときだったかやたらまわりが騒ぎ出して見たい見たいと言い出しそれならと塾長がテレビを付けたのが始まりだったか?(その頃通ってた塾は先生が大学生でしかもぼんくらクラスでゆるーい感じのいごこちのいい塾だった。)たしか日曜の昼前くらいに放映されていた。これを見るとなんと松本零士とある。これってもしかして男おいどんの松本零士?結構な衝撃だったのを覚えている。

男おいどんは小学生のときからの大ファン、この作者が監督をしている。ってんで自分もとりこになったのだが、宇宙戦艦ヤマトのプロデューサー西崎義展 松本零士が原作ではない、後に原作で裁判ざたになったようだが松本氏側が負けている。この西崎氏がヤマトを作り上げたといって言いのだが今回の実写版ヤマトにはかかわっていなかったようである。唯一原作者でクレジットされている。がなんとも皮肉なことに今月事故死で亡くなっている。

ヤマトは劇場版ヤマトよ永遠にまでは見たか?これで終わりかと思いきや次から次に出てきて嫌気が差して後は見ていない。しかしこれで松本零士が脚光を浴びたのは言うまでもない。しかし男おいどんからはおよそ見当が付かないSF世界と松本零士ワールドにはこの後どっぷりと引き込まれていった。

ローカル局のラジオで究極の選択ってんで乗るんだったらどっち?宇宙戦艦ヤマトか銀河鉄道999、これってメーテルそれとも森雪?ともとれるなーと他の番組で言っていた。合理的な回答に行きはヤマトで帰りは999ってのがいいななんて回答もあった。

しかし999の人気も凄いものがある。スカパーのアニメサイトでは再放送があってるしファミマでは999とタイアップした企画やってたし最近でもBSで全部見せます999なんてやってたし、凄いものだ。ちなみに前にGyaoでタケカワユキヒデと渡辺香津美のコラボでやったアコースティックライブでの銀河鉄道999は良かったなーもう一度みたい。

実家の書棚に松本零士の漫画本があったなー、なにがあったろう?999、男おいどんは当然としてキャプテンハーロック、ガンフロンティア、ザコックピットが数冊、大四畳半物語、ワダチ、千年女王、とら縞のミーめ、大純情君、四次元世界、セクサロイド、などがあったか?あと少女マンガ時代のを特集した雑誌、FMレコパルあたりで単発で掲載されたのもあったかなー、四次元世界を読んだときなど凄い世界だなーと感心したものだ。

おっと又脱線してしまった。そーいや実写版ヤマトの佐渡先生役は高島礼子になってたが??CGは綺麗そうだなー、ヤマト発進まであと何日?

2010年11月3日水曜日

My Favorite Airtist  第二回

My Favorite Airtist 二回目は中島みゆき おーいきなりの大御所かという感じだ、未だなかなか精力的な活動をなさっているようでフジフイルムのCMやらニューアルバムもでたばっかりだなー。

知ったのはヤマハのポップコンに優勝したので知ってはいた、時代、アザミ嬢のララバイ、が印象的だったなー、本格的に聞き出したのはわかれ歌あたりからか、さすがに相当な枚数のアルバムを出しているしはっきり言ってあんまり聞いてなくてよく聞いたアルバムは限られている。

最初によく聞いたアルバムは「臨月」 印象に残る歌詞で始まる あした天気になれ この歌詞には驚いたなー、宝くじを買うときは~だからなー、そして次のアルバム「寒水魚」 エンディングがあの名曲「歌姫」が入っているアルバムだ、悪女がヒットしていた頃だ、

アルバムとしては84年に出た「はじめまして」これは随分聞いた、このアルバムからとりわけヒット曲が出たわけではないが何故か自分にとっては心に残るアルバムだ、オープニングはピアノの独奏で始まる「僕は青い鳥」、静かに始まる、エンディングは「はじめまして」かえるの鳴き声らしき効果音からカウントダウンで始まる。とりわけ好きなのが「シニカルムーン」時々夜空を見上げて細い三日月が出てると何故か「シニカルムーン」を思い出してしまう。何故にこのアルバムに惹かれるのか?多分この頃の自分の心情にがっちりはまってしまったのだろう。多分…

中島みゆきと言えば他にオールナイト日本、そして夜会があるが、ユーチューブを検索するとオールナイト日本の最終回とか結構アップされている。この人にとっても又ラジオと言うのは特別な存在なのであろう。夜会はほとんど見てない、ビデオが二本ほどあるのだが…

「はじめまして」以降は中島みゆきに限らないがちょっと音楽とも疎遠になった。ただヒットメーカーだけにそれなり耳にすることはあったが、又聞き出したのはプロジェクトX、「地上の星」からだ、最近では「いまのきもち」「中島みゆきinLAスタジオライブ」あたりは聞いている。「いまのきもち」は初期の作品をリメイクしてのアルバム、これがなかなかいい、ちなみにお気に入りは「土用波」のアレンジだ、

アレンジと言えば中島みゆきのアレンジは最近一貫して瀬尾一三が担当している。90年頃かららしいがその後は一貫していてアレンジ&プロデュースをしている。瀬尾一三ってネットで調べたら「風」とかなんやらかんやらまあニューミュージックという言葉が出始めた頃からかなりの数アレンジを担当している。ここんとこは中島みゆきと長渕剛は一貫してやっているそうだ。そういえばつま恋コンサートでも総指揮を担当していた。ニューミュージック界のデビットフォスターだなー、そう聞いたわけではないがこの人のアレンジはバランス感覚が抜群だという印象を受ける。アレンジャーだけあって相当に楽器やら音楽全般に精通している感じだ、

自分にとって中島みゆきって?なんて考えてみたら自分の場合「アザミ嬢のララバイ」なんだよなー、よく通うちょい飲み屋のちょっと綺麗どころのママさんってとこか?ぐちぐち言いまくってるのをほおずえなんか付いて聞いてくれるような感じかなー、というところで第二回は中島みゆきでした。

2010年10月31日日曜日

My Favorite Airtist 第一回

My Favorite Airtist  最近取り立てて書くこともなく、空白の時間が過ぎているこの頃、なんもないので今までお気に入りのアーティストとかの事でも書いてみようか。

今までも時折紹介してきた、付振り返れば中学から始まり数十年、一時期ブランクもあるものの、その間もふと耳に入ってくる音楽にいいなー誰だろう?なんて思いも過ぎて、気が付けばなんかCDも山のようになってる。当然ながら聞いてないCDも多いし、ほとんどがレンタルからである。

第一回 ミシシッピージョンハート 
最近何故か無性に聞きたくなって聞いている。1893年生まれ、1928年代13曲だけレコーディングを行ったが農夫に戻っていた、その為伝説のブルースマンと呼ばれていたのだがこの人を見つけ出した人がいたのだ、このとき1963年 歳は70を過ぎていた。非常に短い活動ではあったが多くの人に影響を与えている。

初めて聞いたのは輸入版のCD よくデパートなどで催事でやっているコーナーでライブ版を見つけた。多分海賊版だ、聞いてみるとそのぽつぽつとした歌い方、スローテンポの歌としゃべり、しかしなんか引き込まれる。ユーチューブでも少しではあるが動画もアップされていた、聞いた感じとおんなじだ、

ギターはスリーフィンガーが基本になっている。がいわゆるフォークのスリーフィンガーとは随分違う。ここがブルースの凄いところ、いわゆるオルタネイトベースと呼ばれる親指で奏でる低音弦のリズムが飛びぬけて力強い、はっきり力強い弾き方である。フォークのスリーフィンガーを知っていた自分にとっては同じスリーフィンガーでこんな弾き方があるのかと実に新鮮に写ったのが40を過ぎてから…

この人になるとジャンル分けにブルースメンとフォークシンガーという二つの冠が付く、ブルースと言うにはちょっと違うような、フォークといえば黒人だしこれまたちょっと違うような…となるがこの人に関してはどちらでもいいのであろう。

スタック オー リーブルースという曲ある。簡単なんだが実に難しい、ワンフレーズを10年近く弾いているが未だにさまにならない、うーん難しい 日本でこういうどっしりしたベースフィンガーをする人がいた。高田渡である。この人の親指のベースは凄いなーと思っていたら案の定、ミシシッピーのコピーはかなりやったとのこと、なるほどなーと納得

この人の歌やギターを聞いていると活動は短かったもののある意味理想的な音楽人生を送っていたのかもなーと感じてしまう。歌いたいときに歌い奏でたいときに奏でた、農夫としていた時代が長かったが再発見されてすぐ活動をそのまま広げられたのは音楽を止めていなかったからだ、

音楽との付き合い方 それぞれあれどこういう付き合い方できればなー、歌いたいときに歌い奏でたいときに奏でるそんな付き合い方したいものだ

2010年10月23日土曜日

TABAKO

10月に入って最初のブログ、最近ちょっと意気消沈気味、ところで10月になってタバコが値上げになった。9月末は記録的なタバコの売り上げがあったようだが、

自分はほぼ一日二箱ペースであった。ただ1mgだったのだが、だいたい吸ったかと思えば又火をつけている。ヘビーと言うよりチェーンスモーカーですねーなんて言われたときもあった。一日600円、一ヶ月18000円、これが410円となると一日820円、一ヶ月24000円?、となるとさすがに考えねばいかん、しかしどうも止める気にはとんとならない、意志が弱いんで駄目だなー、じゃー1mを上げてみたらと最近9mgあたりに変えてみた、そしたら確かに量は減ったのだが、最近慣れてきたのか又増えだした。やっぱ駄目だなーなんて思いつつも背に腹は変えられんからなー、なんとかせんといかんのだが、まあ仕事でも辞めれば禁煙できそうだが…

2010年9月20日月曜日

モーリスギター

某有名リサイクルショップでモーリスのS-106が出ていた。ギターはモーリスでアリスがCMしていた頃からおなじみだが今はフィンガーピッキング御用達といったランナップが充実していてデパペペとか中川イサト氏らが使っている。この田舎にS-106とは珍しいのが出ていた。早速試奏、楽器店とかで弾いたことはあったが弾いたのはシダー、ちょっと思っていた音ではなかったのだが今回のはスプルースだ。スプルースだと又違った感じでなかなかいい感じ、ネックは幅広で厚め、フィンガーピッキングにぴったりだ。サスティーンが長く低音もゆったりしている。

でネットでS-106を検索していたらある動画にたどりついた。ギターはS-106を使用している。southwind○○○というネームででている。これがなかなか凄い、たどりついたのは中川イサト氏のshadowy keyという曲のカバーなのだがいやーかっこいい。後検索するとファイナルファンタジー系の曲とかが多い。オリジナルもアップしてあったのだが、これもまたいい、これくらい弾けたらなー、即モーリス買いなんだかなー


ところがそれどころではなくなった。前に発症した指の痛みが再発というか前は右指だったのだが今度は左指、どういうことだ、前回は半年くらい苦しんだが、自然に治ったというか痛みはとれたが違和感があり前のようにとはいかない、どちらも人差し指だ、バレーコードを押さえると痛い、これとは別に膝の痛みがだんだん進行していて膝もだめなんだがそれにしても関節系の病に悩まされている。話は脱線したが困ったものだ。

2010年9月9日木曜日

ヤマハ SASⅡ

ヤマハSASⅡ                   
手放したエピフォンDOT

ヤマハのSASⅡというミニセミアコのエレキギターをゲットした、と言っても資金がないのでEpiphoneのDOT(ビグスビーアーム付き)を売りに出した。DOTも綺麗でかっこよかったのだがあんまり出番がなかったなー。

そんな中にセミアコだがミニという珍しいのが出ていてこちらもあまり使用感がなくエメラルドグリーンで綺麗だ。他の店にヤマハのセミアコSAが出ていた、セミアコといえばGibsonのES-335TD ラリー・カールトンやリーリートナーで有名になった、あの頃フュージョンが流行ってた頃に人気があったモデルだ。オールマイティなギターだ。

このヤマハのはミニセミアコというちょっとセミアコより小さい。その分弾きやすいが、生音はそれほどセミアコという感じではない。ヘッドデザインはヤマハに野呂一生モデルってのがあるがこれと同じだ、ヤマハのサイトで見たらこれと同じモデルで玉置浩二モデルというのがあるようだ。

アンプを通すとやはりソリッドギターとは違う音がする。やや細い感じだ。しかしさすがにヤマハだ、安定した音がする。面白いのが1Tone1Voという構成、ヤマハお得意のでToneをプッシュするとシングルコイルになる。面白いがあんまり出番はなさそうだがなー、歪系もクリーントーンもどちらもOKだ。

しかし最近はあまりエレキは弾かないからいまんとこあまり出番はなさそうだが…

2010年8月26日木曜日

CDは何処へ…

渋谷のHMVが閉店した。このことをラジオで話していたのだがレコードからCDに変化して20年くらいか、これがネットやら携帯やらの発達でダウンロードで楽曲をゲットするというやり方が主流になってときどきこちらも少なくなった音楽系テレビのランキングを見ているとダウンロード数◯◯万件なんて表現していたりする。さらには最近はダウンロードも減っているという。というのもYouTubeあたりですぐ出てくるのでこちらでゲットして聞くパターンも増えているとの事

ラジオのパーソナリティーが、前はねー、音質にも凝ってあのスピーカーがどうだとかアンプがどうだとか言ってたもんなんだよー、今はユーチューブあたりの音質で満足しちゃってとりあえず聞ければいいって感じなのかなー、時代の流れといえばそれまでなんだけど、おじちゃん(このパーソナリティは50代半ば)はちょっと寂しいなー、まさしく同感である。

もう一つ問題なのは、ネットだと売れてる曲は集中して売れるんだろうがそれ以外の曲は埋もれてしまうことだ。自分がレコードにしろCDにしろ買うときはたいがいアルバムで買っていた。目的は売れてるその一曲かもしれないがアルバムで買っていた。というのもその10~15曲の中におよそお気に入りの曲がだいたい見つかるのだ。売れ線ではないが名曲はいっぱいある。そういう曲は何度も聞いているうちにいいなーってなってくる、そんな曲がアルバムの中に数曲はあった。アルバムってのはそれ自体が作品と言われて、いわゆる名盤ってのもいっぱい出たのである。そんな作品と言われるものが今後どんどん無くなっていくんじゃないかと危惧するところだ。

CDという10~15曲の中に込めた想い、そしてジャケットという視覚的効果、これが無くなってしまうのは残念なことだ、と言いつつ自分はというとCDを買う機会は随分減ってしまった。まあ昔みたいに聞きたいという曲も減ったし聞く時間も減ったし聞くにしても最近の曲はあまり聞かないし、と若い時みたいにはいかなくなったんだが、確かにCDって買わなくなった。自分自身ちょっと気になる曲があるとネット検索している。ということはCDショップにも足を運ばなくなったということだ、これじゃやっぱCDショップは厳しいよなー