2013年6月24日月曜日

極上ライブに行ってきた。

石川鷹彦巨匠のライブに行ってきた。今回は大分の日田でのライブ、この一週間は九州ソロライブツアーで、鹿児島が二回、そして宮崎、別府、そして最終日は大分の日田でのライブ、

巨匠のライブは何回目だ?最初はヤマハ主催の吉川忠英とのコラボライブ、次は博多の百年蔵でのソロライブ、次は熊本でのタカ、タクライブ、で今回と言うことは4回目か、

今回のライブはソロライブと銘打ってあるがサポートギターとボーカルゲストとある、さてどんなライブに?

さて会場に着くとすでに結構な列が出来ていた、ステージにはおおっ、!今回もメインはあのカオルギターのKAMUIのようだ、サイドにヤマハの石川鷹彦シグネチャータカモデルが、そしてラップスティールとフラットマンドリンが鎮座している、これは面白そうだ、

いよいよライブが始まる、一曲目はおなじみイーハートーブの朝、そしてスコットヒルと続く。圧巻は大きな古時計、おなじみの曲だがなんか凄かったなー、

カオルギターはやっぱ凄いな、最近ほとんどこれがメインみたいだ、ところでPAはピックアップにフィッシュマンのマグネティックPU、ちょっとリバーブが深かったかなーという感じはしたが、

話は反れるがアコースティックギターのライブにおいては最近はもうマイクが使われることはほぼなくなったようだ、とりわけマグネティックピックアップが増えている。ソロアコースティックギターにおいてはほぼマグネティックみたいだ、

さてライブは途中からサポートギタリストが入り、あのヤマハのギターを弾いていたけど、ヤマハのシグネチャー、これ石川さんのじゃないかなー、

アコースティックギターはソロでも凄くいいんだが、二本のギターの絡み合いってのが凄く面白い、サイドとリード、などなど、とりわけアレンジャー、バックギタリストとしての石川氏に置いては重要だ、その中でかぐや姫、風のリードギターメドレー、22歳の別れ、海岸通、あいつ、ラップスティールのリードで赤ちょうちん、とまあわれわれ世代には涙もんのメドレーが続く。僕の胸でおやすみでは観客に歌ってもらうと言う趣向、これがなかなかよくて「これ使えるなー」なんて言ってた、

そして今回もやってました、拓郎のりんご、やはり圧巻、低音のグルーブ感が凄い、こうせつの夢一夜ではゲストボーカルが登場、ここではフラットマンドリンであった、

ところで鷹彦氏のライブ中のチューニングの頻度が異常に少ない、いままで見た中で一番長いのは中川イサト氏、一曲毎にチューニング、しかも相当長い、次に岸辺眞明氏、内田十紀夫氏はチューニングしながらMCを行う、(これってかなり凄い)押尾コータロー氏はオープンチューニングが多く、サイドに担当がいて曲ごとにギターをとっかえひっかえ、とギタリストにより結構違うもんだ、

自身の音楽のルーツってのを話してたんだが、やっぱりあの禁じられた遊びなど映画音楽が最初だったと言う。ってんでアコースティックギター版、禁じられた遊びなんてのもあった、そして最後はアンジーで締めくくり、アンコールは再開だったな、というわけで極上ライブは終了した。


今回行われた大分県日田市、自分にとってもちょっと思い出深いところで久々であった、ここは江戸時代天領で天領日田とか水郷日田とか言われている。豆田という中心街は江戸時代からの建物が残っていて観光地になっている。(今回は行かなかったが)

ここは盆地で夏は暑い、この日も35度近くまであった、大分県だが大分よりはこのまま川を下っていくとすぐ福岡なので久留米とか鳥栖が近い、ツバメの巣があっちこっちにあって今まさに子育て真っ最中、不思議なことにこのあたりの燕はあんまり逃げない、自分が住んでるところはなかなか近寄れなくて写真は難しいんだがここの燕は結構近くまで寄っていっても逃げなかった、


市営の駐車場に車を止めたのだがここにD51が展示してあった、真近で見るとさすがに大きいなー

こうして日田での極上ライブ紀行は終了したのだった、

2013年6月2日日曜日

ひさびさにアニメ

久々にというかあまりアニメの話は載せてないんだが、最近これはいいなってのがあった。

深海誠監督、BSであったので見てみた。うーんこれはよかったなー

この監督、朝のワイドショーで紹介があって、とにかく背景がとても凄いと言うか綺麗というので話題だ、とあった、

そしたらちょうどBSで放映があった、代表作の「秒速5センチメートル」と「ほしのこえ」があった、





秒速5センチメートルの第一話「桜花抄」では列車が雪で遅れてなかなか目的地に着かないシーンがあるが、自分も何回か普通列車が雪で遅れて無人駅で立ち往生、寒い車内でジーっと動き出すのを待つなんてことがあった、

さらには路線を間違えて見知らぬ小さい駅のホームで戻りの列車を一時間ほど待ったりなんてこともあった、いづれも雪が降り続く夜のシーン、とにかく寒いんだが雪は幻想的だ、

そしてラストシーンの桜舞う踏み切りですれ違う二人、踏み切りですれ違った後遮断機が下りる、ふと振り返ると列車が二人を分断する、なんかこんなシーンあったな?

井上陽水&小椋佳の「白い一日」こちらは

ある日踏み切りの向こうに君がいて
通り過ぎる汽車を待つ
遮断機があがり
振り向いた君は
もう大人の顔をしてるだろう

5センチ~ではバックに山崎まさよしの「One more time One more chance」が流れる

この曲にも

いつでも捜してしまう どっかに君の笑顔を
急行待ちの 踏切あたり
こんなところにいるはずもないのに

って歌詞がある

背景は実際に存在する風景が多いそうだ、それをカメラに写して一筆一筆描いているそうだ、デジタルになって光の表現がいろいろ出来るようになったとインタビューに答えていた。

そして最新作は「言の葉の庭」全編の8割はなんと雨のシーンなんだそうだ。




今年の入梅は随分早くて昨年も早かったが今年はさらに早い、今年の気圧配置は入梅しましたのニュースを聞いたときは、え、もう?と言う感じだった、前線らしい気配も天気図にはでてない、
この日は曇り

その一日前までは晴天、5月のカラッとした湿気の少ない真夏日が続いていた、しかも例のPM2.5の警戒情報が発せられる視界の悪い日々が続いていた、(5月の降水量はこの地域では異常に少なくしかも真夏日の日数は過去最高だった)

それが梅雨入りしましたの次の日は一日雨、その後はずーっと雨か曇り、湿度も一気に上昇、

まさに梅雨入り宣言を境に雨ばっかりの日々が続いている。こんなにはっきりした梅雨入りも珍しいな

2013年5月21日火曜日

凄い女性(ひと)

昨年10月のブログでストリートアートフェスティバルのことを書いた、この中でChihanaさんという若い女性スライドギター奏者がいてすげーなーと思っていたらPlayerの今月号にインタビューが出ていた。

それによると横浜生まれ東京育ちで両親はロック好きで小さい頃からまあいわゆる音楽環境に囲まれていたらしい、高校の頃はロックバンドといってもパンク系ロッカーのコピーをやってたそうだ、

スライドギターに出会ったのは大学の頃らしいが、女性でスライド奏者というのは海外にもあまりいない、ボニーレイットくらいしか浮かばないなー

ドブロギターというスライド御用達のギターがあるが、なんとあの加藤和彦氏が所有していた70年代のドブロギター、なんとなんとあの吉田拓郎の”結婚しようよ”に使われたものを本人から貰ったそうだ、

所有ギターのPhotoが乗っていたがバンジョなども所有していて、ロックも好きだけどカントリーとかも好きらしい、そーいやユーチューブで徳武弘文と競演していたのもあったなー







いやーとにかくこの人は注目だ、

2013年5月14日火曜日

モニタースピーカー

またまた某有名リサイクルショップの話だが、珍しいダイヤトーンのモニタースピーカーが出ていた。2Sー208という60年代から80年代頃まで放送局のモニタースピーカーに採用されていたモデルだ、

ダイヤトーン 2S-208

 
 
 
 
大型のスピーカーで高さが70cmほどある。20cmのウーファーと5cmのコーン型ツィーターのバスレフ型、三菱とNHKの共同開発だったんだそうだ、
 
こんな珍しいのが出ていた、小音量ではあったが聞いてみると”うーんさすがだなー”、いろんなところで採用されただけある、非常にまとまっていてとてもいい音だった、
 
小音量であったので詳しくは聞いてないがまあ現代の音でないことだけは確か、しかしそれが逆に非常に新鮮に聞こえた、さすがモニターだけに解像度は非常によかった
 
ダイヤトーンといえばこちらも有名な16cmのフルレンジのユニットがあったんだがいかにも古い感じのスピーカーで、昔の真空管ラジオのスピーカーがこういう形をしていた、これはどういう音だったんだろう?

P-610a
ところで他にこれまた珍しいギブソンのLG-2が出ていた、詳細は不明だが1944年製らしいとある、ひぇー戦前モデルだぞ、こんなんがこんな田舎にあるんかえー?

さすがにコンディションは厳しい、いろいろリペアーのあともあるようだ、が何とか弾いてみた、ほーこんな感じか、わからん?ネックはチョー極太、こういう音を枯れた音というのか?まあはっきりしてるのはブルースとかそういう系を弾くと非常に気持ちいい音と言うことだけは確かだ、

 

 
gibson LG-2

 
他にヤマハの長渕剛モデルというのもあった、長渕剛といえばタカミネを弾いてるのをよく見るが90年頃弾いていたモデルのシグネチャーらしい、あとメーカー不明、のサイド&バックがハカランダという全く正体不明のギターもあった、

ここの店、例のDoobie42を手に入れた店、この店は随分レアなものが時々出るなー、こんな田舎でもあるところにはあるもんだ、だからリサイクルショップ巡りはやめられない

 


2013年5月5日日曜日

懐かしい響き

最近オルゴールの音源でいいのがないかと、探したらGM音源の中にミュージックボックスというのがあるというのを聞いた、早速試してみた、なるほどまあこんな感じかなー、

オルゴールと言うことでふと思い出したのが、NHKのインターバルシグナルと言うNHKラジオの第二放送の放送終了後と放送開始前にオルゴールのメロディーが流れていた。

ちょうどラジオを聴きだした頃か小さなトランジスタラジオに首っ丈の時期だった、寝床の隅において聞き入っていた、そんなときに聞いたメロディーだ、放送終了後のは深い眠りに誘われる、

そして放送開始時のメロディーはたしか5時前だった思うが、あまり聞かないこともありさらにはこのメロディー、いわゆる繰り返し、というかリフレインというか、同じフレーズの繰り返しなんだが、朝のまだぼーっとした時間もあってかとても印象的なメロディーで鮮明に覚えている。

そこでネット検索、そしたらやはりこのインターバルシグナルに魅せられた人結構いたようだ、朝の放送開始のメロディーはラグリマ(涙)という有名なクラッシックギター曲だなと思っていたら全くのオリジナルであった、(出だしがちょっと似ている)同じことを思った人は他にもいたらしくネットに書き込みもあった、








これオルゴールと思ったらチェレスタという楽器なんだそうだ、これGM音源の中にも入っていた、チェレスタを検索したらヤマハのサイトに詳しいのがあった、アップライトピアノみたいな形をしている。こんな楽器があったんだなー

それにしてもユーチューブ、前に雪映えの町(倍賞千恵子)がアップされていて感激したが、今回もアップがあった、凄いもんだ、

2013年4月27日土曜日

マイ・フェバリット・アーティスト 柴田 淳

柴田 淳を知ったのはもう10年以上前か?FMで月と太陽という放送を偶然聞いてからのファンだ。

シンガーソングライター、その透明感のあるボイスには聞き入ってしまう。ミュージックフェアーとかちょぼちょぼとメディアには出ていたが今日とある雑誌に特集があって、最近出したカバーアルバムが好調とのこと、

ウィキペディア見たら今までのCDも結構売れてるみたいでオリコンベストテン入りも結構ある。あとブログも結構早くて時々見てたんだが、ブログの歌姫と言われていたそうだ、知らんかったなー

インタビューで自身この反響に驚いていると言う。カバーアルバムで始めてこの人を知ったとか言う人がおおいんだそうだ。すでに8枚のオリジナルアルバムが出ている。

サマーウォーズのエンディングとかおみやさん(第二シリーズ)のエンディングとか結構挿入歌とかちょこちょこ出てきてるんだが、









この人を知ったのが2002、3年頃だったかなー、久々に聞いてみた、いいなー、ということで前にちょっとだけ見たライブDVDあれ凄く良かった、ってんで今回ゲットしてみた、うんやっぱええなー

この人を知ってもうかれこれ10年を超えているんだなー、早いものだ、

2013年4月9日火曜日

人類発達のなぞ?

人類進化の番組があった、何故に人類はこうも発達したのか?
マダガスカル島にワオキツネザルという猿がいる、アニメのマダガスカルに出てくるあのサルなんだが、猿というよりまさにきつねとの間と言う感じ、

この頃の生活は木の上、広葉樹の上に住んでいたらしいが、この頃は森ではなく林状態、木から木へ移り住むのは一度地上に下りなければいけなかったと言う。

地上に降りるときは命がけだ、地上の肉食動物に襲われるからだ、やがて温暖になった地球は広葉樹林も多く成長し森が形成される、キツネザルから猿へ、地上に降りる必要がなくなる。

木から木へ移り住む生活、手は長くなり発達、手のひらの力を抜くと指はまっすぐにならず内側に少し曲がった状態になるが、これは猿の頃木から木へ移り住む名残であると言われている。

この後危機が襲う。暖かい時代人類発祥のアフリカには南極とインドがくっついていた、南極もアフリカとくっ付いていて赤道の暖流が南極にも流れていてかなり暖かだったらしい、

ところが大陸大移動、アフリカと南極は切り離され南極は孤立、その結果赤道の暖流は流れてこなくなり地球は冷やされることに、

そしてもう一つアフリカからインドが切り離されアジアへ向かって移動し始めた、途中マダガスカルを置いてインドはアジアへ、そして激突、世界の屋根、ヒマラヤ山脈が形成、8000メートルを超える山々、これは偏西風の流れを大きく変えてしまった、

それはアフリカにとって致命的、雨が降らなくなったのだ、どんどん乾燥していくアフリカ、砂漠が広がっていく、広葉樹林の森はどんどん枯れていく、人類は木の上で生活が出来なくなった、

遂に人類は木から下りる、木の上に食料はない、しかも地上には恐ろしい肉食動物が…、食料はない、背に腹は帰られない、生きるために取った手段は?

この頃肉食動物は内臓を好んで食べていて肉の部分はかなり残していたと言う、人類はこのおこぼれを食べたのだ、肉食は高タンパク元となる、これが人類を発達させた原因ではないかと推測されている。

肉食こそが人類発達の源だと番組では言っているのだが、…肉食動物はなんで発達しなかったんだろう、?ましてや肉食恐竜は?やはり肉を効果的に使うにはビタミンなど野菜とかも摂取したためだろうか、

たしかに人類ほど何でも食べる動物はいない、野菜から果物から炭水化物、たんぱく質、脂質、あらゆる要素を吸収することが出来る、ある意味人類はげてものだ、

話は反れるが牛とか草ばっかり食べてなんであんな肉が作られるんだろう、馬は草しか食べないのになんであんなに力が出るんだろう?不思議だ

番組はここで終了だが、肉を食べ始めたのが人類発達の原因と言うが、ここまで発達するもんだろうか?無理があるような気もするんだが、宇宙人がやってきて人類の祖先と交配しっちゃったんじゃないかと自分は思っているんだがなー?